勢川びきのX記 (4コマblog)

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憲法の話というより、もっと一般的な話

憲法記念日。最近の憲法関連の議論を目にして、自分自身がサラリーマンとして関わってきた「社内のルールや規制」という身近な事柄と共通することがあるなあ、と思ってネタにしてみた。(憲法と社内ルールを同じ土俵で語るな!と言われるでしょうが)
 
例えば、社内での新規事業の立ち上げには、実際のプロジェクトの事例を元にしながら、培われた「やり方」を今後の新たなプロジェクトが使っていけるようにルール化してきた。その心は「新規事業を沢山作って、成功確率を上げたい」ということ。その「心」さえズレなければ、ルールが対応していない事柄でも、ちゃんと扱うことができ、そしてルールやプロセスがより良いものに成長していく。
 
しかし、残念ながら、常に「心は理解せずに、どうやれば自分の卑近な欲望(権力欲や防衛本能、社内予算の権限や自分のテーマの正当化)を存在するルールを使ってできるのか」ということだけにご執心な人は必ずいる。そういう人が言うコメントは、やたら「では、XXという場合はどう解釈するのか」「どこにそんなことが書いているのか」という類いになる。
 
現行憲法の中心の心のひとつは「戦争をしないこと」。
今の解釈を変更しようとしている人々も言葉では「戦争をしないために集団的自衛権を」とかよく言っているが、本当の「心」はどうなのだろう。
突き詰めると、いつもの「だって押しつけ憲法だから(私たちの心は入っていない)」ということになるのだろう。
誰が作ったかではなく、そのルールを何のために作ったのかの「心の部分」に共感できるかどうかが重要だと思う。
私は「戦争をしないこと」という「心」は本当に素晴らしいと思う。